『地を這う魚 ひでおの青春日記』

『地を這う魚 ひでおの青春日記』

                                                                    • -

適当なあらすじ
1960年代末、上京した、吾妻ひでお青年は、働く工場で、一つ眼の「奴々」(どど)をプレスすれば噛まれ、「ぐずり」を梱包しようとして首を絞められ、縞馬の上司に「雁鬼を出すな」「要領悪い」と罵られていた。
向かない工場仕事に見限りをつけた、吾妻青年は、仕事を辞め、同郷で漫画仲間の盟友達、梟「まつちゃん」や、蟻食「わへーちゃん」、鰐「わてんちゃん」、犀「ゆきみちゃん」らと同じアパートでの貧乏暮らしと、馬「いててどう太郎先生」の元でアシスタントを開始する。妖精の少女に駄目だしされたり、ギャグ漫画のライバル「ゆきみちゃん」にデビューで先を越されたり、安い給料に腹をすかしながらも、魚、蛸、烏賊が地を這い空を泳ぎ、ロボットや異形の生物達が街を闊歩する世界で、夢である漫画家を、仲間達とともに目指すのであった・・・

                                                                    • -

というわけで、吾妻ひでおの最新刊『地を這う魚 ひでおの青春日記』は、アシスタントをしながら漫画家デビューを目指す、吾妻ひでお青年と、同じアパートに住む仲間達のほろ苦く可笑しい青春の日々が描かれた自伝的作品だが、上の適当な途中までのあらすじに書いたように、傑作連作『夜の魚』『笑わない魚』と連なる、吾妻ひでおの幻想と妄想による暗く混沌とした異世界がその舞台だ。人も、女の子と吾妻ひでお青年以外は皆、動物や鳥など異形の姿をしている。

若き漫画家の青春物語として見ても、吾妻ひでお一流の新作不条理漫画として見ても、面白い作品で、買った日の帰りの電車で一心不乱に一気に読み終えた。自分が、ここ最近の、吾妻ひでお作品で読んだものの中では、飛び抜けてよかった。傑作である。
吾妻ひでお漫画の傑作をまた読めたのだと嬉しくて仕方ない。ぎっしり描き込まれた絵は、一時ブランクやアル中の影響のせいか絵が衰えて見えた時期の面影はなく、画筆健在ぶりを感じさせられるものだ。世間に向けて、吾妻ひでお復活の狼煙となった『失踪日記』も傑作だし、とても好きなのだが、やはり、かっての吾妻ひでおファンとして、本当に読みたかった天才・復活を感じさせる作品は、現実から離れた物も見せてくれる、こういう作品なのであったのだなぁと思う。

80年代初頭、吾妻ひでおの、純文学シリーズと呼ばれる傑作群を纏めた『陽射し』という単行本を読んだとき、僕はこの人はもうすぐ自殺してしまうのではないだろうかと心配になったことを思い出す。特にそれを感じた『水底』などの作品を今改めて読み返しても、なぜ当時の少年だった僕が、吾妻ひでおが自殺するとまで感じたのかは分からないのだが、太宰治への傾倒や、躁鬱病であることをインタビューで語っていたのを目にしていたことも、影響したのかもしれない。
吾妻ひでおは、その後何年か立ってから失踪もしたし、自殺未遂もあったようだけれど、幸い生きてくれていて、傑作をまた読ませてくれている。本当によかったと思う。
『地を這う魚』は、吾妻ひでおの青春時代の反映か陰鬱さも作品全体にあるが、『陽射し』を読んだときのように死の予感を感じることはなかった。最終話で、吾妻青年が、妖精の女の子に語る言葉は、当時の夢中に漫画を描いていた、吾妻ひでおの偽らず気持であろうし、今の、吾妻ひでおの言葉でもあるのかもしれない。何か悟ってしまったような言葉でない、終わった人の言葉ではなく、未来を感じさせる若々しい言葉だ。
そして、あとがき漫画の最後のコマには、こうある。『魚達 今日も元気に地を這ったり空を飛んだりしています』〜吾妻ひでおの目に映る、不条理な異世界も健在だ。これから、吾妻ひでおは、まだまだ傑作を生み出していってくれる予感がある。

というわけで、吾妻ひでおが、お好きな皆さん、絶対、買いの一冊!
尚、本書と併せて、傑作、『夜の魚』と『笑わない魚』を読むのもお薦め(未読の人)。これらも吾妻ひでお先生のインタビューによると、自伝漫画としてファンタジー要素を加えて描いたそうですが、『地を這う魚』よりも非現実性は強いです。
手に入れやすい本だと、『夜の帳の中で―吾妻ひでお作品集成』や、『COMIC 新現実 Vol.3 特集 吾妻ひでおの「現在」』に収録されている。

Comic 新現実 Vol.3 (単行本コミックス)

Comic 新現実 Vol.3 (単行本コミックス)