The Hobbit『ホビットの冒険』の版について
最終更新:2007-12-29
『ホビットの冒険』原書The Hobbitの版の変遷についてまとめてみた。このエントリーは、文章など見直して、適時書き直していくかも知れない。以下の記述の参考資料としては、"The Annotated Hobbit" Revised and Expanded Edition (Houghton Mifflin 2002年)を、主に、参照した。
『ホビットの冒険』の第1版が1937年に出版された後、トールキン自身の改訂が施された版として、1951年に第2版、1966年に第3版が出版されている。
1951年の第2版では出版を控えていた『指輪物語』との整合性が図られているが、最も大きな変更はビルボとゴクリのなぞなぞ問答の経緯である。第1版では、ゴクリは、なぞなぞに負けたときの約束のプレゼントとして、指輪を渡そうとするが、指輪がなくなったことに気づいたゴクリはお詫びに(実はビルボが拾って持っているのは第2版と同じ)、ビルボを出口まで道案内をする。『指輪物語』序章の四「指輪の発見について」では第2版以降での経緯が書かれた後に、ビルボが最初に仲間に語ったという別伝が書かれているが、これが第1版の経緯にあたるわけである。尚、岩波書店刊の邦訳『ホビットの冒険』は、原書第2版が底本である。
1966年の第3版では、より『指輪物語』の世界観との整合性を取るようにした、細部の改訂が多く行われている。
トールキンの死後出版された 『ホビットの冒険』の明示された版の更新としては、1978年の第4版と、1995年の第5版がある。優れたトールキン研究書に多数携わり、The Hobbitの最近の版の校訂も行っている、ダグラス・A・アンダーソン氏の、注釈付きホビット("The Annotated Hobbit")によると、1978年に英国の Allen & Unwin から出版された第4版のテキストは、誤りが多く混入した為、信頼できる版ではないそうだ(また、このテキストは、1985年の米国版でも使われているという)。
The Text of the "Fourth Edition" is not very reliable, owing to more than a few dozen errors that entered during the resetting of the type.*1
第4版については、日本語のサイトで、時折、トールキン本人による改訂箇所が第3版より増えていると誤解しているような記述が見られることがあるが、これは、訳者あとがきで、「トールキンが最終的に意図した内容の日本語版」だから「完全版」だと標榜している、"The Annotated Hobbit"の初版の邦訳(山本史郎訳、原書房刊)が、第4版であると表紙で明記し目立たせてあることから、誤解が生じたのかもしれない。"The Annotated Hobbit"初版は、序文にあるよう、第3版のテキストをベースに校訂してあり、第4版のテキストを引き継ぎ使っているわけではない。この初版を手元に持っているわけではないが、"The Annotated Hobbit"初版の書影や、書誌本*2を見る限り、表紙や奥付で第4版を名乗っている事実はなさそうだ(もしこれを読まれている中に、"The Annotated Hobbit"初版の原書をお持ちの方がいたら、正確なところを教えてくれないでしょうか*3)。"The Annotated Hobbit"初版が出版された1988年当時、The Hobbit で、明示された一番数字の大きな版は、4版ではあったが、本の中でも、信頼できないと記載している4版であると、邦訳が目立つように表記したことは理解に苦しむ*4。(2007-12-28追記 見落としていたが、1989年に出版された英国版の"The Annotated Hobbit"初版原書では、奥付には"Fourth Edition"のcopyrightがあるようなので、邦訳は英国版が底本なのかも知れない。ただ、英国版が奥付で四版としたのは出版の便宜上であろうし、本書の内容から考えて、邦訳が表紙で目立たせる必要はなかったと思う)。
1995年の第5版は、ダグラス・A・アンダーソンによって、校訂され、テキストが電子化され、これ以降、出版された原書では、テキストの統一が進んだ。
1995年の第5版出版以降も、新たに校訂と訂正がされた原書が出版されているが、6版などとはされていないようだ。尚、最近の英米の原書 The Hobbit の巻頭にあり、テキストの校訂の経緯について簡潔に書かれた、ダグラス・A・アンダーソンによる"Note on the Text"の署名の日付が新しいものは、2001年となっている。
ホビットの冒険の版の改訂の歴史が書かれた日本語文献としては、河出書房の『指輪物語完全ガイド J・R・R・トールキンと赤表紙本の世界』に"The Annotated Hobbit"初版を紹介する形で書かれた章があるので、興味ある方は参照されると良い。この本は、良書であるので、お薦めである。
"The Annotated Hobbit"初版の邦訳も、貴重な日本語文献であるべきなのだが、訳者と出版社が、『ホビットの冒険』研究書としての原書の価値や内容を浅くしか理解できていないように見受けられるのが大変残念である。英語に抵抗がなければ、増補改訂されて、より資料的価値が高くなった、"The Annotated Hobbit" Revised and Expanded Edition を購入されることをお奨めする。2002年に、Houhton Mifflin, 2003年に HarperCollins からハードカバーが出版されている。
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*1:"The Annotated Hobbit" Revised and Expanded Edition p.385
*2:[http://www.ne.jp/asahi/iam/sas/tolkien/books/bibliography.htm:title=J.R.R.Tolkien - A Descriptive Bibliography]
*3:2007-12-27追記 コメントで、ずしおさんに、"The Annotated Hobbit"初版原書序文の文章について、貴重な情報を頂くことができました。ありがとうございました。